ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

米津玄師『さよーならまたいつか!』に見る
プレイヤーへのシフトチェンジ

久道りょう

米津玄師の新曲『さよーならまたいつか!』が、毎朝、テレビから流れている。
この曲は、4月1日から始まったNHKの朝の連続テレビ小説「虎に翼」のテーマソングとして公開された。
この曲の第一印象は、全体的にポップで明るい、というもの。
朝の連ドラにふさわしい曲調と感じる。

今回、米津玄師が朝の連ドラの主題歌に起用されたということは、彼自身も「意外だった」と言うぐらい、ある意味、視聴者にとっても意外性のあるものだったかもしれない。

米津玄師と言えば、楽曲『Lemon』の爆発的なヒットによって、一躍、多くの人に知られた。
しかし、それまでの彼は、一部の世代にしか知られていない存在だったとも感じる。
ハチという名前で初音ミクの楽曲を作り、VOCALOID音楽というジャンルをJ-POPに誕生させた彼は、VOCALOIDを身近でポピュラーなものにし、楽器が弾けなくても、仲間がいなくても、一人で音楽を作ることが可能であるということを証明した。
これは、従来の音楽の作り方や概念というものを大きく転換させたものだった。
そういう点で、米津玄師という人は、クリエイターとしての印象が強かった。
すなわち、彼の歌声というよりは、彼が作り出す音楽がどのようなものなのか、ということが私の中では興味があったのだ。
しかし、今回、彼はクリエイターからプレイヤーとしての位置に大きく舵を切ったように感じる。

この楽曲の公開に合わせて、彼のビジュアル画像やMVが公開されている。
額を出し、顔全体を出し、長い髪の毛を三つ編みにして、オレンジレッドの衣装を纏った彼の姿は、およそ、大ヒット曲『Lemon』と同一人物のようには感じられない。
また、軽快にステップを踏み、歌い歩く姿は、多くの人に米津玄師というアーティストのイメージを大きく変換させたのではないだろうか。

今回の楽曲における歌声の明るさ、楽曲の明るさは、今回の朝ドラの前向きで爽やかで、しかし、凛とした強さを持って、自分の道を歩いていく女性達の姿にピッタリとも言える。

元々、彼は深い音色の響きを持つ、魅力的な歌声をしている。
ボーカリストとして非常に魅力的なのだ。

「イメージの脱却」
そういう印象を持つ。

これまでの私の中の彼の印象は、「内に気持ちを秘めた表現者」
音楽自体は力強いメッセージとオリジナリティーを持つが、アーティストとして、自分を開放して見せていく、というタイプではなく、もっと内向的なイメージがあった。
それは、やはり、『Lemon』のMVの印象が強かったからと感じる。
長い前髪に目線が僅かに除き、スッとした鼻と口だけの顔。
どんな表情で歌うのか、あからさまに見せようとしない風貌は、やはり自分を表現することが少し苦手でシャイなように見えた。

しかし、彼はその後、自分を開放していくことに少しずつシフトしているのではないだろうか。
何よりも今回の歌声の明るさと楽曲の明るさが、それを物語っているように感じる。

彼の歌声は、様々な種類の音色の響きを持つ。
全体に濃厚な色彩のある歌声で、ひだのように響きが重なっているのが特徴である。
今回の歌は、その響きの明るい部分が意識的に使われているようにも思う。

おそらく今後、彼は、自分を使って、自分の世界を見せていくプレイヤーとしてのパフォーマンスをどんどん露出させていくのではないだろうか。

プレイヤーとして一段上のフェーズに上がったのを感じさせる。

彼が作り出す音楽がどのように展開され、彼の描く世界がどのように変わっていくのか、期待を持って見守りたいと思う。

ちょ待って!と言いたくなるぐらいのヤバさ
(Little Glee Monster)

久道りょう

今回、公開されたリトグリの『ちょ待って!』
この曲は、まともにレビューする以前に、単純に「いい!」
全く、ファン目線になり下がってしまうぐらい、いいのだ。

リトグリの歴代の曲の中で、文句なしに楽しめるのは、コカコーラとタイアップした『世界はあなたに笑いかけている』
この曲は、文句なかった。
何が文句ないのかと言えば、単純に「楽しめた」
聴く人が何も思わなくても、ただ単純に楽しめる。
もちろん、どこがいいのか、ハーモニーがどうなっているのか、誰の声がいいのか、きちんと系統立てて話すことは出来る。
しかし、それ以前に文句なく良かった。

この「文句なくいい!」と思えることが、音楽にはどれだけ大事な要素なのか。
そんな楽曲に出会えることは、本当に少ない。
それはアーティスト側にも言えること。
そういう楽曲に出会えたアーティストは幸せだ。
今回の曲『ちょ待って!』には、彼女達の魅力を最大限引き出す要素がある。

新生リトグリならではの明るさ。

リトグリは、2023年から新体制で本格始動をした。現在の6人体制になったのだ。
旧メンバー3人に対し、同じ数の3人が新メンバーに入り、加入当時は、いずれも10代後半。旧体制との1番の違いは、メンバーの声質の違いだった。
この声質の違いについて簡単に言えば、ビブラートの声質を持っているメンバーがいた旧サウンドとストレートボイスの声質のメンバーが圧倒的に多い新サウンドとでは、自ずと描き出されるサウンドの種類や楽曲のコンセプトが変わる、ということ。

新サウンドの持つ良さは、「明るさ」「軽快感」「透明感」というポップスにはなくてはならない要素が特徴の1つになっている点。
彼女達の持つ軽快感や明るさというものを最大限、今回の楽曲は引き出していると言える。
そして、何より、コケティッシュさ。

このコケティッシュという意味は、原語としては「色っぽい」とか「艶めかしい」とかというどちらかと言えば、女性の性的魅力に通じるような意味を持つ。
しかし、現代では、性的ではなく、女性のプラスの魅力として捉えたほめ言葉の一種として使われることが多い。
その典型的な例としては、オードリー・ヘプバーンの魅力が挙げられるが、今回の楽曲を聴いた時、先ず、私の頭に浮かんだのが、この「コケティッシュさ」
軽快で明るく、それでいて、非常にコミカル。
これらを見事に彼女達のサウンドテクニックの高さが現している。
例えば、サラッと歌っているように聞こえるこの曲のメロディーの音程の展開やラップ部分、さらにハモっていく部分など、実は彼女達のように歌おうとすると高度なテクニックを要することを実感するのだ。

旧サウンドは、どちらかと言えば、重厚で幅や奥行きのあるサウンドだったのに対し、新サウンドは非常にポップで明るい。
別の言い方をすれば、どっしりとした”静”の旧サウンドに対し、新サウンドは、”動”のサウンドであることが言える。
そして、その特徴がしっかりと6人体制というスタイルの中で根付いてきたと感じさせるのだ。

彼女達のような女性の本格的ボーカルグループは、日本でほぼ存在していない。
これが彼女達の強みであり、唯一無二の存在になれるのは、ボーカルグループというジャンルでのハーモニーの醍醐味を確立していくに尽きる。
ガールズアイドルグループの多い日本の中で、唯一と言っていいほどの歌唱力の高さとハーモニーを確立しつつある。
後から入った新メンバーは若いだけあって、長足の伸びを見せている。
そして、その若さこそが、旧メンバーとの化学反応を起こし、新しい魅力的なハーモニーに進化しつつあるのだ。
今後、6人の声の厚みによる本格的ハーモニーがさらに確立されていくことを期待している。

竹中労著「復刻版 タレント帝国 芸能プロの内幕」

(あけび書房) ISBN978-4-87154-262-3

上柴とおる

写真 ‘禁断の書’が56年ぶりに復刻された。気概を持ったフリーのルポ・ライター、竹中労(故人)が気鋭のスタッフと共に執拗なまでに取材を行って(様々なヤマ場も乗り越えて)ナベプロ~ジャニーズの‘内幕’を暴いた1968年刊行の‘熱血書籍’。当時、当方は高校2年生。ブラック企業そのもののドロドロとした芸能界の内情など知るわけもなかった。マスコミ~ジャーナリズムには大いに興味があったはずだがこの本の記憶はない。その内容から(推察だが)各方面において‘封印’されてしまったのではないかと。
 すでに強大な影響力を持ち、テレビ業界をも‘支配’するに至っていたナベプロ(ジャニーズも当初は同プロ所属)の内幕を(‘搾取’の実態やギャラの金額も含めて)極秘入手の資料などと共に明らかにしたこの本がその後、今日まで一度たりとも再び表に出ることが無かったのも納得出来る。
 今回、気骨ある出版社(芸能界とは無関係で忖度する必要もない!)からついに復刻されたのだが、なぜこのタイミングなのかは昨年来のジャニーズ事務所創業者による‘性加害’への公開告発が契機であることは言うまでもないだろう。それに関することは最後の方におまけのように付記された10数ページだけなのだが、今となってはその内容たるや「56年前にすでにこのようなことが活字になっていたのか!」。唖然とするしかない。
 とはいえ戦後からGSブームに沸く1968年に至る音楽・芸能史(米軍による占領政策と芸能プロダクションの結びつきなども含めて)を改めておさらい出来ると言う意味でもかなり興味深い本ではある。内容項目や著者についてなどは当方のブログにて。

https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1712839220

平中悠一編「シティポップ短篇集」

(田畑書店) ISBN978-4-8038-0430-0

上柴とおる

写真 近年、すっかりトレンドなワードにもなっている‘シティ・ポップ’がついに(というか)文学の世界ともフュージョンするようになった!?
 アナログ盤でも続々と復刻されているかつての‘都会派’のニュー・ミュージック(シティ・ポップ。当時はシティ・ポップスと呼称)の数々。時代的には1970年代後期~1980年代にかけてだが、それと並行するように文学界からもそういった音楽をラジ・カセやウォークマンで楽しむ若い世代が愛読するような都会派の青春小説が相次いで送り出されていた。
 今や年齢を重ねた身が読むには気恥ずかしい思いもするそんな若い男女の純真な夢語りを中心に6人の作家がかつて書いた短篇が計9作品、セレクトされたのがこの本。音楽界では作詞家としても著名な銀色夏生やロック・バンドでレコードも出している山川健一の作品も収められている。
 リアル・タイムで‘あの時代’を体験した人ならば、これらの短篇小説がシティ・ポップとは同時代的な性格を持つ(P.295より)というニュアンスも感じられるのではないかと思う。ちなみにこのご時世を狙っての刊行というわけではなく、自身の作品もピック・アップしている編者の平中悠一によれば「この企画は1980年代当時から念頭にあった」とのこと。
 ラジ・カセやカセット・テープもあしらわれた清涼なイラストの表紙(アルバム・ジャケットのような)に添えられた帯のコピー『1980年代―シティポップが輝いていたあの頃、日本の作家たちに一度だけ、都会小説の神様は微笑んだ』には年甲斐もなく(?)キュンとしてしまった♪ 収録作品や著者についてなどは当方のブログにて。

https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1713263306

◆物故者(音楽関連)敬称略

まとめ:上柴とおる

【2024年3月下旬~2024年4月下旬までの判明分】

・3/18:ケヴィン・トニー(米キーボード奏者。元ブラックバーズ)70歳
・3/23:マウリツィオ・ポリーニ(イタリアのピアニスト)82歳
・3/24:ペーター・エトベシュ(ハンガリーの作曲家、指揮者)80歳
・3/25:クリス・クロス(ウルトラヴォックスのベーシスト)71歳
・4/05:C.J.スネア(ファイアーハウスのヴォーカル)64歳
・4/07:クラレンス‘フロッグマン’ヘンリー(ニューオリンズ出身のR&Bシンガー、ピアニスト)87歳
・4/09:八木康夫(イラストレーター。レコード・ジャケットも担当。フランク・ザッパ研究家)74歳
・4/12:佐川満男(歌手。俳優)84歳
・4/15:REITA(the GazettE<ガゼット>のベーシスト)
・4/18:ディッキー・ベッツ(ロック・ギタリスト。オールマン・ブラザーズ・バンドの創設メンバー)80歳
・4/19:ラリー・ペイジ(英プロデューサー。トロッグスやヴァニティ・フェアなどを担当)87歳
・4/20:マイケル・カスクーナ(ジャズのプロデューサー、ライター。ブルーノート・レコード音源の‘発掘’にも尽力)75歳
・4/20:アンドリュー・デイビス(イギリスの指揮者。元BBC交響楽団首席指揮者)80歳